甲状腺がんになった福島の女性の告白~まだ何も終わっていない

彼女は、かつてスターアスリートでした。今でも趣味でスノーボードは続けています。

薄いキスマークや傷のように、目に見えない程度の小さな手術跡が首にあります。

❝ 2週間近く病院に入院しましたが、出かけるのは辛かったです。その時は、本当に大変でしたが、今は痛みはないです。でも、苦難も跳ね返せる能力が私のトレードマークなんです。私はいつも前に進むだけです!❞

と、彼女は笑顔で言いました。

彼女は、がんになったと分かった時に泣いていた母を特に心配していました。
彼女の2人の兄弟も検査を受けましたが、幸い問題はありませんでした。

放射線の影響による遺伝子異常に不安を抱く日本人は多く、彼女の元ボーイフレンドの家族も彼女のがんを知り、2人の(将来の)関係についての不安を現していました。今では、自衛隊員の新しいボーイフレンドができ、彼は病気を理解してくれていると喜んでいます。

2016年初め、甲状腺がん患者のための支援グループが設立されました。弁護士や医師を含むこのグループは、メディアから要請される一部の家族のインタビューも世間に注目される危険を考慮し、全て拒否しています。

グループは同年3月に東京で記者会見を行い、甲状腺がんの児童を持つ2人の父親とライブビデオでつながりましたが、顔は見せず、身元を隠していました。

彼らは、「政府ががんと原発事故は無関係であると言うことは間違いである」と主張しました。

これから自民党は2基の原子炉を再開します。そして、2基の原発が再稼働が終わり次第他の原発も動かす予定です。正気の沙汰ではありません。

同グループの弁護士でもある河合氏は、患者が補償請求を求める集団訴訟に相当すると考えているが、法的措置に時間がかかることを認めています。

「いま患者たちはひとつになっていない。団結してお互いに話し合う必要がある」と、AP通信のインタビューで河合氏は話しています。

福島で若者の甲状腺がんスクリーニングを実施している医師や他の専門家委員会は、発見されたがんの症例数を定期的に更新しており、甲状腺がんが確認された数は着実に上昇しています。

しかし、記者会見で彼らはこの事象は放射線に関連していないことに一貫していました。2011年当時に動揺が広がったわずか5歳の子供に発見されたがんは、これまでに発見された中で最も若い症例となりました。

しかし、専門家たちはその事実を跳ねのけ、それは重要な数字ではないと言いました。そして、委員会を率いる医師の星氏は、

「原発事故と関係あると思えない」と述べている。

福島県の写真家でもあり患者団体の顧問である飛田氏は、「恐怖と感じるのは、もはやがんや放射線について話すことだけでなく、そのもの自体になっている。」と話しています。

彼は、福島に住む女の子から自分は放射線を浴びて悪いことになったけど結婚はできるのかと尋ねられたとき、答えを失い、後で涙を流さずにはいられなくなったと語りました。そして氏は続けます。

❝ 彼らは孤独を感じているのです。彼らは親戚に話すことさえできません。彼らは疑問を投げかけることが許されていないと感じているのです。 ❞

彼女は、自分はラッキーなんだと思っています。約18,000人が津波によって命を失った人がいて、家も失った人もたくさんいて、続けざまに原発事故が起きたのに、彼女の家はなんとか無事でした。

原子力発電についてどう思うかを尋ねたところ、彼女は静かに答えました。

「 日本には原発は必要ありません。 」

そして、こう付け加えました。

「 原発がなければ、多分、私は病気になっていなかった。」

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