創造性とは (3)

 創造的な行為は世の中をより美しくする。それはこの世に何かをもたらし、何一つ奪いはしない。創造的な人はこの世にやってきて、この世をより美しくする――歌をここに、絵画をそこにもたらす。創造的な人はこの世がダンスをもっと踊り、より楽しみ、より愛し、より瞑想するようにする。彼がこの世を離れるとき、より良い世界を後に残して逝く。誰も彼のことを知らないかもしれないし、誰かは彼のことを知るかもしれない――それは要点ではない。しかし彼はより良い世界を残して、途方もない満足感を感じて逝く。彼の生が何か本質的な価値のあるものだったからだ。

 金、権力、地位は非創造的だ。非創造的なだけでなく、破壊的な行為だ。気をつけていなさい! そしてそれに気をつけていれば、いともたやすくあなたは創造的になることができる。私は、あなたの創造性が権力や地位や金を与えることになるといって言っているのではない。いいや、私はあなたにバラの園を約束できない。創造性はあなたに面倒を起こすかもしれない。貧しい生活を強いるかもしれない。私に約束できるのはただ、内側深くであなたは可能な限り豊かになり、内側深くであなたは満ち足り、内側深くであなたは喜びと祝祭であふれるだろうということだ。あなたはより一層の祝福を神から受け取り続けることになるだろう! あなたの生は、祝福の生となるだろう!

 しかし外側の世界においては、あなたは有名ではないかもしれないし、お金がないかもしれないし、いわゆる世間において成功していないかもしれない。しかし、いわゆる世間において成功するというのは、深い失敗、内なる世界で失敗するということだ。そして己自身を失っていながら、全世界を付き従えてあなたはどうしようというのだろう? 自分をものにしていないのに、全世界を手にしてあなたは何をしようというのだろう? 創造的な人は、自分の実存を手にしている。彼は自分自身の主人なのだ。

 だから東洋ではサニヤシンをスワミと呼んできた。スワミとは主人のこと。乞食たちはスワミ、主人と呼ばれてきた。私たちが知る皇帝たちは、最後の収支で、生の最終結果で、自分たちが乞食だったと証明した。金や権力や地位を追い求める者は、乞い続けるのだから乞食だ。彼はこの世に与えられるものを何一つ持たない。
 与える者でありなさい。何であれ、分かち合えるものを分かち合いなさい。そして覚えておきなさい。私は大事と小事の間に何らの区別もつけてはいない。もし、あなたが心から笑うことができたら、誰かの手を握り微笑むことができたら、それは創造的な行為だ。それは偉大なる創造的行為だ。誰かをあなたのハートに抱擁するだけで、あなたは創造的だ。ただ、誰かを愛あふれるまなざしで見つめるだけ、愛情を持って見るだけで、その人の全世界が変わり得る。

 創造的でありなさい。何をしているかについては思いわずらわないことだ。人は多くのことをしなければならないが、すべてを創造的に、献身的に行いなさい。そのとき、あなたの仕事は崇拝になる。そのとき、あなたのすることは何であれ祈りに満ちる。そうすればあなたのすることは何であれ祭壇への捧げ物となる。

  自分は創造的ではないという、その信じ込みを捨てなさい。この信じ込みがどうやって作られたか私にはわかる。あなたは大学で金メダルをもらったことがないかもしれない。クラスで一番になったことがないかもしれない。あなたの絵が賞賛を勝ち得たことがないかもしれない。あなたが笛を吹くと、近所の人が警察に通報するかもしれない――しかしこういうことを理由にして、自分が創造的ではないという間違った信じ込みを持っていはいけない。それはひょっとしたら、あなたが他の人を真似しているからかもしれない。

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