創造性とは (4)

人びとは、創造的であるとはどういうことかについてとても限られた考えを持っている――ギターや笛を奏でたり詩を書いたり――だから、人びとは詩のつもりでくだらないことを書き続ける。あなたは、自分に何ができて何ができないのかを見出さなければならない。すべての人がすべてのことをできるわけではない。あなたは自分の天命を捜し求め、見つけ出さなくてはならない。 あなたは暗闇の中で手探りを続けなければならないと、私は知っている。自分の天命が何なのかはあまりはっきりしていないが、生とはそういうものだ。そして人が天命を探し求めなければならないのはいいことだ――まさにその探求において、何かが育つ。

あなたがこの世界に入ってくるときに、神があなたに人生の見取り図を渡すことになっていたなら――これがあなたの人生だ、あなたはギタリストになるのだ、と――そうなるとあなたの生は機械的だろう! 機械だけが予見し得るのであって、人はそうではない。人は予測不可能だ。人は常に開け放たれていて、千とひとつの物事への潜在的可能性だ。多くの扉が開いていて、どの一歩にも常に多くの選択肢が存在する――そしてあなたは選ばなければならないし、感じなければならない。しかし、あなたが自分の生を愛しているなら、見つけることができるだろう。

あなたが自分の生を愛さずに他の何かを愛するのなら、そのときには問題がある。お金を愛していて創造的でありたいとしても、あなたは創造的にはなりえない。金を求めるその野心そのものが、あなたの創造性を破壊する。名声がほしいのなら、創造性については忘れなさい。名声は、あなたが破壊的ならばたやすくやってくる。名声はアドルフ・ヒトラーにはたやすくやってくる。名声はヘンリー・フォードにはたやすくやってくる。名声はあなたが競争的なとき、暴力的に競争的なときにはよりたやすい。もしあなたに人びとを殺し破壊することができれば、名声はいともたやすくやってくる。

歴史全体が殺人者達の歴史だ。あなたが殺人者になれば、名声はいともたやすい。あなたは総理大臣になれるし、大統領になれる――しかし、これらはすべて仮面だ。仮面の後ろにはとても暴力的な人びと、恐ろしく暴力的な人びとが隠れて微笑んでいるのが見つかるだろう。その微笑みは政治的で外交的だ。仮面が剥がれ落ちたら、いつもその裏には、チンギス・ハーン、チムール・レーン、ナディール・シャー、ナポレオン、アレクサンダー大王、ヒトラーが隠れているのが見える。

あなたが名声を求めているのなら、創造性について語ってはいけない。私は、創造的な人に名声は決してやってこないといっているわけではないが、それは稀にしか、ごく稀にしかやって来ない。来るとしても偶発的で、かなり時間がかかる。たいていの場合、創造的な人に名声がやってくる頃にはその人は亡くなっている――いつも後の祭りで、時すでに遅しだ。

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