富士・鳴門の仕組み (2)

 
 霊界物語第15巻「大蛇退治の段」では、国祖開祖を「手名椎、足名椎」と称してあり、これは主神の手となり足となって働くという意味があります。国祖大神は国祖御隠退の後、三千年の悠久の時を経て艮の金神として、開祖に神懸る形で復活しますが、

開祖昇天となる大正七年での間、主神の顕現である聖師に対してどれだけの働きができたかわかりません。最も国祖開祖がすべき働きは、聖師の神格を正確に悟り、これを各大本信徒に厳密に伝達することでした。当時の皇道大本を調査した際、神島神業後のお筆先以外、それが十分に率先的かつ、積極的に勧められた形跡は見ありません。

また、そのような証言もないのです。 

聖師は当時の「神の国」誌において、国祖主体の皇道大本の時代を下記のように説示されています。
 昭和三年四月 「神の国」
 今までは口と筆の世の中であったが、もはや鼻の世の中になった。神素蓋鳴大神さまのご活動期に入ったのである。先端をゆくという言葉が流行するが、先端はすなわち顔の中で、一番高い「ハナ」の意味であって、素尊は鼻になりませる神さまである。おしゃべりをやめて、よく嗅ぎわける世の中、先方の鼻息を考える世の中、鼻高が鼻を低うする世の中、高い鼻が削られて目がつく世の中になるのである。
 昔から目鼻がつくという諺があるが、これから鼻がつく世の中になるのである。目がつくというのは人々の心の目があく世の中をいうので、目鼻がついた世すなわちみろくの世の中である。鼻はまた進歩発展の意をあらわす。
 上記文は聖師が弥勒下生宣言より一ヶ月後のことですので、この文においてもこれからは自分の時代なのだと宣言されています。神素盞嗚大神さまとは、天祖のことであり、これは主神の経綸がいよいよ大々的に推進される時代となったということを示しています。
 
 弥勒下生宣言でのお歌
 
 今年まで和光同塵神策を 用ゐ来にけり御代の流れにの和光同塵、誰のために行われたのでしょうか。光を和らげるという意味です。主神の威光を一先ず隠すという意味があります。それは開祖国祖信仰の役員信徒たちに対してです。当時の役員信徒たちが開祖信仰だけではなく、聖師を強く支持していたならば、こんな歌は現れるはずはありません。艮の金神国常立尊による開祖の筆先に、聖師をバッシングする内容のもなければ当時の役員信徒たちも歌集「百千鳥」に示されてあるような聖師に対するむごい仕打ちをすることはなかったでしょう。あの筆先の結果、大変な誤解が生まれたのです。

その誤解に対してあわせられたのが聖師の和光同塵的神策でした。 聖師は開祖出口直と出会い、出口家に婿養子になってから約三十年間、言語に絶する想いと苦しみの中、この時を待っていたのではないでしょうか。

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